花見de愛の逃避行☆
「よし、負けた奴は罰ゲームな」 そう言ったのは他ならぬ緋咲だった。 「緋咲さん、今さら待ったは無しっすよ?」 「男らしくしてくださいよ」 そう言って、すっかり出来上がってしまっているロクサーヌのメンバーに、じりじりと詰め寄られる。 逃げようと後ずさりする緋咲を、二人がかりで捕まえるメンバー。 「テメーらッ…」 背後からガッチリと捕まえられて、意外と身動きが取れない。 「離せって…も、いいだろ?」 「イイ事無いっすよ!!」 「自分の言葉に責任持ちましょうよ?!」 酔っ払っているので怖いもの知らずな言動を繰り返すメンバー。 そもそも、普段なら緋咲に対してこんなナメた真似は絶対出来ないし、言えないハズである。 酔っ払いの勢いって凄い。というか怖い。 …後日どうなっても知らない。 桜の下、風流な花見は最初だけで。 そのうち場は乱れ、いつの間にやら一気飲み大会へ。 絶対自分は負けるとは思っていない緋咲は「負けた奴は罰ゲーム」令を敢行。 巡って来た緋咲と土屋の対戦で、土屋の提案は「負けた方はチューされる」であった。 またコイツはキモイ事言いやがって…と呆れる緋咲ではあったが、 とりあえず、負ける気は全くしないので二つ返事でそれを了承する。 緋咲自身、酔ってる事も手伝って、その内容をよく吟味していなかった。 「緋咲さん!オレ、緋咲さんにチューしますよ!!」 土屋はキラリと目を光らせて、アルコールで緩んだ顔を引き締め、ビールのカンを高々と持ち上げ る。 「テメーには負けねェよ」 その様子を余裕の表情で流し見る緋咲であった。 だいたい頭ワリーんだよな、コイツ。 確かに、土屋も土屋で結構酒は強い。 でも、一回でも飲み対決でオレに勝ったコトあったか? なのに懲りずに挑んでくるのは、やっぱりバカなんじゃねーかと思う。 緋咲は相変わらず冷めた視線で土屋の事を見守りながらもそう思った。 …で、今夜一番の飲み対決。 土屋VS緋咲の一戦は。 大方の予想を裏切ってなんと土屋が勝利したのである。 いつものように、やはり緋咲の勝利か…と意気消沈するロクサーヌのメンバーだったのだが。 あと少し、もうあとほんの少しで緋咲がその酒を飲み干そうとしている時だった。 今まで、死んでいた相賀が復活した。 「あ〜〜!!ヒラキさん〜探してたんスよゥ〜〜!!」 ムクリ、と起き上がったかと思うと、ガバッと背後から緋咲にくっついた。 どうやら緋咲を探していたらしい…。 もちろん相賀は、今まで見ていた夢と、今の現実の区別がつかないくらいには酔っ払いである。 「ウッ?!」 いきなり後ろから突撃された形の緋咲は、その衝撃に思わずむせる。 というか、むせた。 変なところに液体が流れ込んで、咳き込む。 ゲホゲホと咳き込んでいるうちに負けた。 と言う訳で、緋咲的にはとても納得行かない…。 「もう〜迷子ンなららいでくらさいよォ〜」 「ああ?テメー、何ッ…?」 そんなコト言いながらも、また、パタリとその場に沈み込む相賀。 とっても、人騒がせ。 「勝った…」 「…あ?」 「勝ちましたヨ!!緋咲サンッ!!」 フルフルと震えながら、感極まった感じで満面の笑みを浮かべた土屋が激しく興奮している。 今日と言う今日は自分を褒めてやりたい感じになっている。 ついでに相賀の奴も褒めてやってもイイ。 「…じゃ、公約通り、チューさせていただきマス。」 「ちっと待てよ。今のナシだろ?」 「はあ?」 「今、邪魔入っただろ!もう一回やり直しだろ、普通はよ?」 「緋咲サン…」 緋咲としては尤もな事を言ったつもりだったのだか。 『………』 土屋を筆頭に、その後ろに控えた酔っ払いメンバーの気温が下がった。 「ウソッ?!今さらそんなん言うんスか??」 「勝負は一発勝負だべ?普通ーッ!!」 「信じらんねー!!」 「男らしくねえ!!」 「それでも頭っすか?!」 「ヒデー事ばっか言って、いつもオレらを傷つけるんだーッ!!」 「たまにはセキニン取ってくださいよッ!!」 全員が激しく緋咲を罵倒し責め立てる。 口々に捲くし立てられて、思わず緋咲は耳を覆いたくなった。 緋咲は、周りの盛り上がりに反して、自分だけが急速に覚めていくのを感じた。 何なんだ、コイツ等は…。 この、真剣な様子は一体何なんだ?! そもそも、土屋はともかく他の奴らまでどうしてこんなにブチ切れてんだよ?! ―――で、冒頭へ。 数人がかりで拘束され、身動きを取れなくされながら、思う。 何で、こんな事になってんだ?! よく考えたらよ…、勝っても負けても結局こーなるんじゃねえのか?! 『負けた方がチューされる』 つまり、オレが負けたら、オレがチューされる。 で、土屋が負けたら、土屋がチューされる。 ……オレに。 何でオレがンな事!! …ヒドイ話だ。 かなり、してやられたような気分である。 そして酔っ払った土屋の顔が近づいて来たので、不覚にも涙が出そうだ。 なんて屈辱的な状況だ。 さらにこんな自分の意に反する状況で。 …やめろ! そもそも、絶対、絶対、人前でンな事したくねー! …やめろ、土屋!! 妙に真剣な面持ちの土屋の顔が近づいてくる。 「ヤメ…」 往生際が悪いと罵られようが、結局静止の言葉が口をつく。 あ… 潤んでる、緋咲さんの目。 ドキドキしながら間近で緋咲の目を見つめていた土屋であったが。 泣くほどイヤなんかよ……。 ああ、目ェつぶれば良かった…。 そしたら、きっと何の迷いもなく出来たのに。 フッ、と現実に引き戻されたかのように、土屋の頭の片隅に「ためらい」という文字が。 土屋はためらう。 したい。本当はもう、このまま、してしまいたい。 せっかくのこのチャンス。 逃したら、もう無いかもしれない。 それに、オレだって結構がんばった。 ……いや、結構いつもがんばってる。 だから、この辺でそろそろこれ位のイイ事あっても良いハズ。 だけど、どうよ? 何か…緋咲さん、マジで嫌そうだし。 何か半泣き?だし。 緋咲さんの性格からして、こんな公衆の面前で、なんて耐えられないんだろうし。 こんなに嫌がってんのを無理やりってのも…なんか気が引けるというか。 そこまで嫌がられたら、オレだって…。 いや、緋咲さんに同情なんてしちゃいけねーとは思う。 (同情なんてしてたら、次の瞬間に殺されそうな気がする……) でも、気弱なんだよナ、オレ。緋咲さんに関して。 ガックリ…と項垂れた土屋。 「どーした?土屋ァ?」 急に動きを止めた土屋を、酔っ払ったメンバーが横から覗き込む。 「……うるせェ」 「あ?」 結局、自分とチューすんのが泣くほど嫌なのか…と激しく落ち込んだ土屋。 そんな気持ちは別の所にぶつけるのが土屋流だ。 悲しい気持ちを怒りに換えて発散する。 別名八つ当たり…。 「うるせェッつってんだよ?!」 くるりと、視線をソイツに向けて怒鳴り返す。 とりあえず、手近にいたヤツをぶっ飛ばす。 「何すんだーッテメー!!」 「うるせえよ!」 今夜の土屋は何だか強い。 ギャーギャー言いながらも酔っ払いメンバーをのして行く。 「何か知らねーけど、土屋が暴れだしたぞ〜ッ!!」 「何だ〜ッ?!どしたヨ?!」 「どーでも、イイだろッ!!」 何が何やら分からないロクサーヌのメンバーに次々と怒りの矛先を向ける土屋であった。 「オイオイ、どーしたよ…?アイツは?」 突然暴れ出した土屋に、誰も手がつけられない。 緋咲を拘束していたメンバーも、呆れてただ、土屋を見守っている。 「おい、離せよ」 「は?」 「…その手ェ離せっつってんだよ」 上目遣いに緋咲に睨まれる。 いつもなら、条件反射で緋咲の命令に従うところだが、酔っ払い中の彼は、 ここぞとばかりに己に課せられた使命を遵守する気でいる。 「何でですか?!まさか、この混乱に乗じて逃げようっつーワケじゃねーっスよね?!」 「何?!アンタまだそんな事言ってんスか?!」 「男らしくねえし!!」 それを聞きつけた他のメンバーも緋咲の往生際の悪さを非難する。 こいつら…後で覚えてろよ… ピキピキとこめかみに青筋を立てながら緋咲は思った。 土屋は一通り、手近な相手を殴り倒し、クルリと緋咲の方を振り返る。 「てめーら!!いー加減緋咲さんから離れねーか!!」 そう言いながら、怒りの勢いをそのままに突進し、意外にも未だ拘束されっ放しの緋咲のもとに駆け つける。 そして、緋咲を拘束していたメンバーを蹴散らして、緋咲の腕をガッチリと掴む。 「さあ!!緋咲サンッ!!逃げますよ!!」 「ああ?!」 何が何だか分からない緋咲。 逃げるって、何処に。 そもそも、逃げるって何で。 てゆーか、何でオマエにそんな事。 何か色々と思ったが、取り合えず土屋の勢いに飲まれ、そのままに引きずられて行く。 「あ!!待て、土屋ァ!この野郎!!」 「逃がすかーッ!!」 後ろから、ロクサーヌのメンバーの怒声が聞こえる。 どういう訳か、あっちもこっちも妙な感じに必死な様子だ。 …意味不明だ。ワケが分からん。 緋咲は思った。 だから、何でオマエと逃げなきゃならねーんだ。 そもそも誰が悪いんだ、もとはと言えば…。 追いすがるロクサーヌのメンバーから逃げる二人。 土屋的に愛の逃避行である。 緋咲は土屋に引っ張られるまま、引きずられるようにして一緒に走った。 訳が分からないままに、後ろの怒声を振り払う勢いで走った。 「オイ…もッ…いーだろッ」 走り続けていい加減苦しい緋咲は土屋に叫ぶ。 もうどれくらい走ったのか。 結構な時間走った気がする。 「もうッ、誰も…着いて来てねェ、よッ」 いつの間にか、もう後ろには誰もいない。 もう誰も追ってきていないのに、無駄に二人で走っていた気がする。 結構な距離を走ったようで、今いる場所が何処なのか、緋咲はよくわからない。 ハァハァと二人して荒い呼吸をしながら、その場にやっと立ち止まる。 馬鹿みたいに走り過ぎて、呼吸するので一杯で話すのが追いつかない。 しばらく、ハァハァと息を整える音だけが闇に響く。 かなり飲んでる上に走り回って、本気で苦しい。 「ハァ…ハァ…あ、何でオレら逃げてんでしたっけ?」 「しらねーよ!バカッ!!」 思わず大声を上げてしまって、また息が乱れる。 ……コイツは本当にどうしてやろうか。 緋咲は…かなりのムカツキと呼吸の乱れを落ち着かせようと、自分なりに大きく息を吐くのであっ た。 「…てゆーか、いー加減手離せよ」 「あ、スイマセン」 土屋はずっと掴み続けていた緋咲の腕をやっと離した。 「あ〜…回った…」 そして背後の壁に凭れ掛かり、そのままグダグダと座り込み、頭を抱えて空を仰ぐ。 緋咲も、だいぶ気分が悪い。 アルコールが全身を巡って、結構フラフラする。 …全部、コイツのせいだ。 今、こんなに自分がフラフラになってのんのは。 そう思って、土屋を見る。 「…血、出てんぜ」 緋咲は自分の口元を指差して言う。 そういえば、土屋はさっき暴れた時、反撃にあって唇を切っていた。 本当にコイツは何がしてーのか、分かんねー…。 負傷している土屋を見下ろしながら思う。 土屋は言われた処を舌先でペロリとなぞる。 「あー…ホントだ。」 いつもの、慣れ親しんだ鉄の味。 「…緋咲サンが舐めてくれたら治るかも」 「あ?」 「そーだ。チューですよ!思い出したんですけど」 「思い出すなよ…」 「…何も泣かなくてもイイんじゃないすか?」 「な、泣いてねーよ!」 誰が!と反論したい緋咲だったが、土屋は確かに緋咲が半泣きだったのを見た。 「…ここなら、誰もいないからイイでしょ?」 確かに緋咲は、あんな…皆の見ている前でなんて絶対嫌だと思った。 しかし、じゃあ、誰も見てないとこでならイイのかと言われると、そういう問題でも無い気がする。 「そーゆー問題じゃねーだろ!」 「そうゆう問題でしょ?」 「違げーよッ!!」 「…違うんですか…」 やっぱりオレとチューすんのが泣くほど嫌なんか…とガックリする土屋。 「あー…ちょっと待ってくださいね…」 そう言ったが、何を待って欲しいのかは良く分からない。 ちょっと頭もグラグラするし、色々辛いので、今はちょっと大人しくしておこう。 …ぼんやりと、そう思う。 こうやって、じっとしてると、きっとそのうち元気になるんじゃねえの?オレ。 ああ、そうか。 落ち込んでんだ、オレ。 生暖かい風にひらひらと桜の花びらが舞っている。 その様子は中々に風流で、キレイで。 さっきまでの騒がしさとか、何か良く分からない今のこの悲しい気持ちとか 全部、どうでもイイような気がしないでも無い。 よしよし。 こんなんいつものコトだろ。 こんくれーで落ち込んでてどーする、オレ。 目を瞑って自分で自分を励ます土屋。 そんな土屋を見ていた緋咲であったが。 カサリと、土屋の横に膝をつく。 土屋は自分を励ましている最中だったが、その気配だけは感じた。 そして唇に柔らかいモノが触れる。 傷口に濡れたモノが触れて、ピリ、としみる。 ……え、緋咲さん?これは夢? ぼんやりしてハッキリしない意識を叱咤して、土屋は何とか目を開ける。 目の前には緋咲。 あれ?やっぱり緋咲さんだ。 何でだろう? 「拗ねてんのか?」 至近距離で緋咲に問われる。 「…スネて、なんて…ねーっすヨ…」 あの、いつも土屋をドキドキさせる冷たい瞳に見つめられて、スムーズに言葉を紡げない。 「満足か?」 「…ハイ」 で、何事もなかったかのように互いの唇は離れていった。 浮上浮上。土屋浮上中。 …本当はやっぱりみんなの前でが嫌だったんだべ…? そう思ってみてもイイ? 「もっかいしてください」 我に帰った土屋は言った。 「しねーよ」 緋咲は立ち上がって歩き出す。 「実は、ぼーっとしてたんすよ」 土屋も立ち上がって、ふらつく足で緋咲を追いかける。 「気抜いてんじゃねェよ、バカ」 「バカでイイですから」 「イイっつーか、バカだろ?」 「まあ、…緋咲サンに関してはね…」 「ンなコトよりよ…ここ何処だよ?帰ろうぜ」 「…あー何処なんすかね?ここ」 「……」 二人はしばし立ち止まって顔を見合わせた。 何となく緋咲のこめかみには怒りの血管が浮いていた。 「迷子ですね」 「土屋」 「…ハイ?」 「テメー何笑ってんだよ…一回死ぬか?」 だって緋咲さんと二人だったらきっと迷子も楽しいハズ。 それに。まだ、二人っきりでいれるってコトだ。 「…いやまだ緋咲さんにちゃんとチューしてないんで。死んでも死に切れません」 てゆーか、一回しか死ねませんから。 でも、その一回が緋咲さんっつーのも何というか、いいかもね。 いや、むしろ、その一回は緋咲さんのために使いたいよな。 急速浮上した土屋はちょっと浮かれていた。 「ね、緋咲さん、何か…怒ってます?」 「…当たり前だろッ?!」 緋咲は緋咲で。 こんなバカと知らない地で二人きりという事が腹立たしい。 余計な餌まで与えてしまったし。 何であんな事しちまったんだろ。 あんまチョーシ乗らすと良くねーよな、と反省。 ああ、もう早く帰りたい。 しかしながら二人だけの時間は、もう少しつづく…のだった。 ☆★☆★ 後日。 一番酷い目にあったのは誰でしょう。 1、 緋咲の言う事聞かなかったロクサーヌの酔っ払いメンバー(緋咲から半殺し) 2、 そもそもバカな提案した土屋(思い出したように緋咲から一撃) 3、 さらに自分だけ緋咲と愛の逃避行かました土屋(メンバーからタコ殴りの刑) 私はやっぱり土屋だと思うなあ。 ていうか、全部悪いのは土屋だろ、この話。 ☆★☆★ いつもいつも良くして下さる緋川さんに捧げます。(…のがこんなんでイイのでしょうか…汗) なんだかとってもバカになってしまった土緋(?)でした…花見だし…季節を外しているし。 言い訳はもう、緋川さんに一通りしたので(ふふ、大迷惑よ)もうイイです…(笑) ただ、「土緋においては緋咲はカッコよく!」の筈が、なんだか可愛らしい人に……。 ま、しょうがない(開き直りさ!) で、また面白い事を聞いてしまった。緋川さん的に「拗ねてんのか?」っていうのはラブラブ・ワードなんです と。 (ラブラブ・ワード…それは恋人同士の間で交わされる言葉・笑)らしいですよ!!(爆笑) そ、そうか…そうだったのか…何だか救われる〜(笑) (2004.4.26) 戻る |