保健室にて
「…おい、マー坊、どうした?」
秋生の問いかけに真里はハッと我に返る。
…今日はなんだか頭がぼんやりする。なんだか寒いし。
「アッちゃん…。俺…なんか…」
要領の得ないその言葉に秋生は真里の顔を覗き込む。
そして異変に気づき、額に手を当てる。
「…オマエ、熱あんじゃねえか?」
秋生は信じられないという表情で、顔をしかめる。
真里が熱を出す事なんて近頃めったにない。
小さい頃はそれこそ何かあるたびに風邪をひいて熱を出していたものだが。
「熱?俺、風邪??」
自分でも驚きだったようで、自らの人差し指で己を指して言う。
「マー坊くんが風邪って?!マジ?マジで?!」
リョ−が面白がって茶化す。
「何?リョ−ちゃん…それってさァ、俺バカだから風邪なんかひかねぇってコト…?」
真里は拗ねたような口調でリョ−睨み付けて言う。
「…保健室行くか?」
リョ−と真里のやり取りを適当に流して、秋生は立ち上がる。
真里の返事も待たずに。
こういう時は誰も秋生に逆らわない。
『秋生に任せておけば間違いない』というのが、爆音内の定説だ。
「熱測って、昼寝でもしてようゼ?」
つまり、秋生も一緒にサボる、という事らしい。
そもそも、真里が保健室で1人で大人しくしておく事など出来ないと解っている。
だから、無理やりでも自分が監視役になるつもりらしい。
「ほら、いくぞ」
秋生に促され、
「うん…。じゃ、みんな後でね〜…」
と周りに声をかけ、真里も席を立つ。
普段より、少し心もとない足取りで秋生の後に続く。
秋生はそんな真里を見守りながら真里の歩調に合わせてやっている。
そんな二人の様子を眺めていた爆音の面々・・
「アッちゃんって絶対マー坊くんの兄貴って感じだよなあ〜」
「…なんか、親父って感じもしねえ?」
「いや、あれはもう…オカンだろ?!」
などと言い合い笑い合う。
「でもよう、やっぱアッちゃんだよな。
マー坊くんのコトならアッちゃんが一番解ってるってカンジ?
普通、気づかねーべ?あんな程度じゃ。」
「まあな、あっちゃんはマー坊くんのこと心配でしゃーねえんだよ…」
「そうそう。あんだけマー坊くんに弱いだけあって。」
「…ぞっこんラブ、と言うやつだべ。」
(…そうなのか。秋男くんてもしかしてマー坊くんのコト好きなの??)
と爆音の面々の会話に今更なコトを気付く拓であった。
「…キヨミちゃん、はいねえのか?」
保健室は電気も点けられておらず、人の気配がない。
普段なら、『夜叉神の鰐淵春樹の姉』である、鰐淵清美が保健医としているはずである。
どうやら、今日は留守のようである。
秋生はベットの方へと向かい、体温計を探す。
真里に向かって「こいこい」と手招きをして、
「熱測ってみ?」
と体温計を手渡す。
差し出された体温計を腋にはさみ、真里はベットのカーテンを開けそのままベットに潜り込む。
「…な〜んかさ、寒いんだよなー…さっきから」
と布団を鼻の上まで引き上げる。
「そりゃ、寒気ってやつだろ。」
ともう一度、真里の額に触れる。
そして頬、首筋へと手のひらをゆっくりとずらしていく。
真里が小刻みに震えているのが手のひらに伝わる。
「…普通、おかしいと思うだろ?そんな寒いとよ…。自分で気付けよ…。」
と秋生は半ば呆れながらベットの脇に腰掛け、真里を見下ろしながら言う。
「…アッちゃんの手ェあったか〜いvv」
真里は秋生の手を捕まえてのんきに言う。
そんなしぐさかわいくて。
秋生はドキドキしてしまうのだが。
捕まえられた手からドキドキが伝わらないか心配だ。
「…ちょっと詰めろよ」
「何?アッちゃんも寝んの?」
と言われるまま真里は奥に体を詰める。
「…暖めてやるよ。」
俺が横で寝てるほうが暖かいだろ?と秋生。
その言葉に他意はなかったのだが。
ふと、自分の言った言葉に急に恥ずかしくなる。
裸で暖めあうとか、そんな事では決してなくてッ
と自分の中で1人動揺し、弁解しながら開いたスペースに体を割り込ませる。
そして、仰向けに寝ている真里の横に頬杖を着くようにしてピッタリとくっつく。
動いた布団を元のように真里の顔まで引き上げてやる。
「…寒いか?」
「ん〜…ちょっと」
と真里は秋生の問いかけに目を閉じたままで返事をする。
秋生は頬杖をついていないほうの手で反対側の真里の肩を抱いてやる。
そして、トントンと叩いてやる。
――こうすると子どもは安心するのだ。
例にもれず、真里もそうなのだ。(もう高校生だか)
(しかし、この状況は他人に見られて良い物なのだろうか?)
ふと、そんな疑問が秋生の脳裏をよぎる。
幼馴染で兄弟同然の自分たちの間柄を知っている者になら良いかもしれない…
しかし全く二人の関係を知らないものから見たらこの状況はちょっとマズイのではないか。
秋生はまた1人動揺してくる。
何より秋生の中に後ろめたい部分があるから、その様に思うのだが…。
そんな秋生の動揺をよそに、真里は安心しきった表情で静かに寝息を立て始めている。
(俺、1人でバカみてえ…。何ドキドキしてんだよ。)
というか、俺の気持ちも知らねえで、いい気なもんだよな…
真里に対する文句まで出てくる秋生であった。
――それは全く真里の責任ではなく、
秋生としても自分の気持ちを真里に伝える気など無かったのだけれど。
そっと、肩に置いていた手を持ち上げ、真里の髪に触れる。
色素の薄い柔らかな真里の髪を、撫でる様にゆっくりと梳く。
それだけで、十分幸せだった。今のところは。
愛おしむように、優しく、静かに、触れる。
壊してしまわないように…。
秋生は知らず表情が緩む。
幸せそうに眠る真里を、秋生はとても優しい表情で見つめていた。
…どれくらいそうしていただろうか。
不意に、扉の開けられる音に秋生は我に返る。
無遠慮に開けられた保健室のドアから、数人の生徒の話し声が聞こえてくる。
「なんだぁ?今日はキヨミちゃん休みかよ〜?!せっかく会いに来たってのによ〜」
「ど〜せ、元気なんだから帰れって言われんのがオチの癖によ…?」
「そーだぜ、い〜加減にしとけよ。
キヨミちゃんって、…あのワニブチさんのねーちゃんなんだろ?」
「…それを言うなって…」
秋生はチッと心の中で舌打ちする。
声を聞いた感じでは爆音の連中ではないし、自分の知り合いでもないらしい。
そんな奴等に良い気分だった所を邪魔されて、腹立たしい。
(…早く行けよな…。)
この状況を見られるのも嫌で、秋生は腹を立てながらも侵入者が帰るのを息を潜めて待った。
やがて、保健室から彼らが出て行く気配がして、秋男はホッと人心地つく。
そもそも、こういう体勢でいるのがヤバイのだと気付いてベッドから出る。
そして、カーテンで隔てられたもう一つ奥のベッドへと移動する。
その際、真里にきちんと布団をかけてやることも忘れない。
秋生は真里がスヤスヤと眠っている事を確認し、自分も隣りのベッドに横たわる。
天井を見つめて、やっと一息つく。
一服したかったのだが、さすがに保健室で、更に寝タバコで、隣りの真里が病人では気が引ける。
ガラッと扉が開けられる音と共に、また先ほどと同じと思われる人物の声がする。
せっかく落ち着いたのに、と秋生は思ったが、またすぐ出て行くだろうと大人しくしていることにした。
「おうおう、上着忘れたぜ!」
「どこだよ?…全くよォ」
どうやら、先ほど来た際に脱いだ上着を忘れたようだ。
「キヨミちゃんがいたらなあ…。きっと教えてくれたぜ。」
「そうか?案外ほっとかれてたりして。」
「…ん?誰かいるのか?」
シャッ、と真里のベッドのカーテンが開けられる音がする。
秋生は瞬間的に身を隠す。相手の出方を伺うのだ。
真里に何か危害を加えようとするのなら黙っていない。
「!!おい、こいつ爆音の鮎川じゃねえかっ。」
「シーっ、静かにしろよ!起きたらヤバイだろッ」
侵入者3人は、声を潜めて、真里がそこに眠っている事に驚いている。
「こんな近くでコイツ初めてみたぜ。」
「ああ、っていうか、カワイ〜顔してやがんぜ?」
「コイツ、体とかちっこいし、顔とかも・・なんか女みたいじゃねえ?」
「おいおい、何言ってんだよ。そりゃちょっと言いすぎだろ?
…それとも、オマエそういう趣味あんの?」
「ばッバカ言ってんじゃねえよ。
…ただ、こうしてるとコイツなんかカワイイし、別に強そうにも見えねえしよ…。
ちょっとイタズラしてみたくならねえ?」
あ〜?!イタズラだあ??
…秋生のこめかみに怒りの血管が浮き上がる。
しかし、ガマンガマン、と暴れ出しそうになる自分を何とか秋生は押しとどめる。
「…イタズラとか言うなよ。オマエやっぱ変態だろ?」
「違いねえ。…でも確かに、コイツよく見るとなんかクルもんがあるよな?!」
「だからってコイツ爆音の鮎川だぜ?何かしようモンなら逆に殺されんぞ?」
「いや、でもよ。考えてみろよ。実はコイツ案外強くねえかもよ?
こんな華奢なんだぜ?あの、ナンバー2の真嶋に守られてんのかもしれねえじゃん」
「ああ、あの真嶋か。まず、あいつに殺されんな…」
「不吉な想像してんじゃねえよ…」
「ホラ、3人で、コイツの体押さえ付けときゃ何とかなるって」
…この1人上ずった声を上げている男を、許さないと秋生は決めた。
「で?押さえつけといて何がしたいんだよ?」
「決まってんじゃねえか!ベッドの上でする事ッつったらアレっきゃねえだろ?」
…鼻息荒く真里に近づこうとする雰囲気を感じて、とうとう秋生はキレた。
シャッとカーテンをすばやく開け放ち、侵入者3人を睨み付ける。
まさに、1人が仰向けに眠っている真里の両腕を押さえ付けようとしている所だった。
仰け反った真里の寝顔がやけに色ぽく見える。
「お前らァ!!」
何事?!とあっけにとられ、ポカンと秋男のほうを見やる3人に秋生は冷たく言い放つ。
「てめえら…マー坊の事、二度とそーゆう目でみたら許さねえゼ?
…っていうかもう許さねえけどな…」
「!!!まままま真嶋ッ?!!何でッ?!」
「…何でもクソもマー坊のいるトコにゃ、俺がいンだよ?…文句あるか?」
『ないですッッ!!!』
真里に不埒な行為をしようとした3人は、声を合わせて言う。
そして、脱兎のごとく保健室から飛び出すように逃げ出した。
男の1人を、タコ殴りの刑にしようと決めていた秋生は思わず舌打ちする。
「…ん、ナニ?うるせーなー…」
真里は浅い眠りから引き戻され、寝ぼけた声で問う。
「なんでもねえよ」
少し顔を顰める秋生を疑問に思いながらも、真里はまた、心地好い眠りにつこうとしていた。
「あ、体温計…」
すっかり忘れていた体温計に気づき、見てみる。
――37,8°…真里にしては高熱だ。
「…家帰るか?単車はおいてけ。オレが乗せて帰ってやるよ」
先ほどの出来事から、ここでこのまま寝ているよりは家の方が安全だ、と秋生は強く思ったのであ
る。
いつ先ほどのような不埒な輩に真里が目をつけられないか、と心配でしようがない。
あんな奴等の前にマー坊を晒したくねえ!!
かなり、過保護な秋生なのであった。
さらに、不埒な思考の持ち主は秋生も同じなのだが…
本人はそこのトコロに、今ひとつ気付いてなかった…。
☆皆が気付かないような些細な変化にもアッちゃんは気付きます。
いつも見てますから。…そりゃーもう、じっと。またはコッソリと(笑)
何故イイ所で終わらないんだろう…途中まではイイ感じだったのに…?(笑)
何故後半ギャグになってるんだろう…(汗)
ぞっこんラブって言う爆音の人、面白いな〜(笑)
実際「ぞっこんラブ」って言ってる人、いるなら見て見たい。
(2003.10.1)
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