『コガレビ』











「やっぱり誰か来てるみたいだね」

真嶋商会に明りを見つけ、真里は秋生を降り返って、にこりと笑った。

幼さの残るその笑顔には、ほんの数時間前までの鬼気は欠片も感じ取れない。

秋生がたった一人で横須賀に乗り込み、最終的には真里だけでなく風神雷神をも巻き込んだ騒ぎを起こし

てから既に日付は変わっていた。

二台の排気音が揃って轟き渡る夜闇は暗く、深い。

ただ真嶋商会は作業場に誰かが来ているらしく、明るい光が漏れていた。

自分の戻るべき場所を眺め、秋生は一人考える。

結局、自分が横須賀に行く事で何かケリはついたのか。

真里がその手で何より潰したいと思っているのは龍也と武丸だ。

誠が死んだ後もこの街を平然と走る龍也

全存在を懸けてでも否定しなければいけない武丸

二人へ向けられる真里の狂おしいばかりの憎悪は、ずっと傍に立ってきた秋生でも背筋が寒くなる程だ。

だからこそ、他の事に真里の手を煩わせたくは無かった。

自分はそのために爆音の特攻隊長をしているのだ。

しかし今回の横須賀との事は、予想外の介入により有耶無耶になってしまった。

収穫といえば麓沙亜鵺の幹部がどういう連中なのか分かったという事ぐらいだろう。

相賀は狂犬みたいに頭がいかれた奴だが、土屋の抑えが利いているようだ。

存外バランスが取れているのかもしれない。

だが、それも土屋の上にいる奴次第で変わってくるだろう。

あれだけの騒動が起きても頭が現われなかったという事は、相賀が言う通り今はいないのか。

では、どこへ。

何故。

それを判断するための材料を秋生は持っていない。

その事が秋生の中に漠とした影を落していた。

横浜が揉めている以上、後手に回るわけにはいかない。

先を見通すためには情報が必要だ。そしてそれを選り分け、捌くための目が。

そうでなくては、足許を掬われる。

胸の内に広がっていく苦いものを噛み締めながら、秋生はまた繰り返す。

けりはついたのか、と。

この件がどう絡んでくるか見当がつかなかったからこそ、どんな形でも結末を作っておきたかった筈なのに。

秋生は一人、物思いに沈んでいった。



遥か頭上、楚々と輝いていた月は薄雲で面を隠してしまった。

其処彼処の闇が嬉々として這い出してくる。

秋生が止めたKHのタイヤが小石を轢いた。

ぎりりと固い音が弾ける。

不意に、沈黙が生まれた。

夜の腕が届くところ、世界は全て動きを止め、誰かの言葉を待ち焦がれるように口を閉ざす。

完全な静寂が目の前にあった。

しかし秋生はそれにも気付かなかった。

その目が見据えるのは夜闇でない闇。

答えのないまま堂々巡りする思考の渦。

だから、傍らで闇が動いた事にも気付かない。

秋生の肩程度の影は音もなく彼の前に回りこむと伸び上がった。

瞬間、秋生の唇に柔らかなものが触れる。

その感覚に秋生はようやく視線を前に投じた。

唇に感じたものが何なのか分かる前に影はすぐ離れてしまう。

「……マー坊、今何かしたか」

「うん、アっちゃんがぼんやりしてるから、ちょっとね」

そう言うと真里は秋生の顔を両手で包むと、自分の方にしっかりと引き寄せた。

身長差がかなりある分、秋生は困った顔をして身を屈めた。

間近にある筈の真里の表情がほとんど見えない。

夜深い暗闇ではただ眼球の表面が僅かに光を反射するきりだ。

「アっちゃんに、お話があります」

「改まって何だよ」

「アっちゃんが忘れてるからさ」

「何を」

「……俺って最強なんだよ」

「どうしたんだ?いきなり」

「いいから、俺の話聞いて」

真里の真剣な声に、秋生は口を噤みゆっくりと頷いた。

それで安心したのか、秋生の頬に添えられている指が静かに動き、秋生の目尻を撫でた。

「俺さ……ホントに最強なんだよ。誰にも負けねーし、どんな奴が相手でも最後には俺が勝つんだよ。

でもそれは、アっちゃんがいるからなんだ。アっちゃんが俺の背中守ってくれるから、

俺は何でも出来るんだよ」

熱の篭った視線から秋生は目を逸らす事が出来なかった。

焼けつく眼差しに頭の奥まで射抜かれる。思考が止まる。

真里の瞳に映る微かな光は瞬きする度に揺れた。

それは、灰の中で己を焦がし続けるあの純粋な炎のようだった。

「だから、何が起きても俺の傍にいてよ」

「……ん」

「そしたら、俺、無敵なんだから」

「ん、分かってる」

「ちょっと忘れてたでしょ」

「んなコトねーよ」

胸に迫ってくる熱で、秋生は言葉を失いそうになっていた。

だから、頬を包む真里の手にそっと自分の手を重ねた。

掌で二人分の体温が混じり合う。

触れ合ったそこから、真里の強さが流れ込んでくるような気がした。

「やっぱり、マー坊が一番強ぇよ」

闇の中、真里が笑う気配がした。

表情は見えなくても、秋生には今、真里がどれくらい晴々とした笑顔をしているのか分かる気がした。

それは、秋生も同じだったから。

「じゃ、行こっか」

弾むような声で真里は真嶋商会の明りへと歩き出す。

その背中についていこうとして、秋生はふと足を止めた。

傍らを夜風が吹き抜ける。

木々の戦ぎに混じる自分の鼓動を聞きながら、秋生は光の中に立つ真里のシルエットをしばらく眺めてい
た。































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(チイ)
初めて踏んだキリ番。それも大好きなサイト様で。
アッちゃんが凄くカワイイですよね!
灰二さん曰く「友情話し」らしいのですが、しっかり秋マー(というかマー秋・笑)ですよね?!(喜)

灰二さんのキャラ語りのページを読み返させて貰っていたら、
なんと「アッちゃんはノーカプで」と仰られてました(笑)
なのに書いて下さって…ほんとに感謝、感謝です。
やっぱり、緋咲受けサイトなので秋マーお願いするのはアレかな〜…と思っていたのですが、
BBSで吐いてみると「普通にいけそう」と仰って下さったので、普通にリクエストしてしまいました(笑)
さらに!もう一本書いて下さったのですよ〜〜!!


(2003.10.20)
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