『こんな日だから』









PM11:45

真っ暗な海岸線を走る。

長時間走り続けているせいで、体が凍りつきそうだ。

いい加減に温まりたい。

オレは緋咲サンを探していた。

ウチの頭の緋咲薫という人は、たいてい一人で無茶をする。

そして、だいたいにおいてオレは緋咲サンの居場所なんて知らない。

で、いつもあの人は何処行ったのかと探す。

今日だって、いつの間にやら姿を消しているし。

チームとしてはこのまま、流れ解散の雰囲気だけど。

オレは、それじゃイヤなんだ。

心配…は、全くしていない。

緋咲サンに喧嘩売るやつなんて、この地元じゃそういないし。

もし喧嘩になったとしても緋咲サンがやられることなんて、万に一つも無いから。

オレが緋咲サンを探すのは…。

ただ、置き去りにされているような感覚がムカツクから。

このまま帰りたくなんて、ないから。







「緋咲さんッ」

見慣れた単車を認めて、自分の単車を急停車させる。

人気の無い公園の、自販機の前で緋咲サンを見つけた。


ミネラルウォーターの容器を片手に、オレを振り返る。

「どーしたんスか?それ…」

その白い肌に影を落とす血。

最初は返り血だと思った。

よく見ると、返り血ではなく、緋咲サン自身から流れる血だということが分かる。

こめかみから、血を流して。そしてそれを拭ったような跡。

おかげで、余計に血が広がってる。

角材ででも殴られたのだろうか、こめかみが少し腫れている。

「べつに…」

緋咲サンはそんな傷全く気にもとめていないかの様に言う。

この人は、あんまり自分の事を言わないから。

それがまた、オレにとってはちょっとムカツクとこ。

――しかし、同情すんな。

それはこの傷をつけた相手に対して。

…この人、血がつくとキレちまうから。

ソイツは2,3発軽く殴られるだけで済んだところを、病院行き決定…ぐらいには殴られたに違いな
い。

オレは血で汚れた緋咲サンを見ると、キレた姿を想像できて、少し怖い。

だけど、白い肌を流れる血がキレイだと思う。

この人には血が似合う。…そう思う。

…キレイな物って汚したくなるだろ。そういう感覚。

白くてキレイなこの人の顔に、血が伝う、その様が好きだ。

少し乱れて、落ちかかった前髪が、傷にかかっているのが気になるから。

オレは、乾きかけた血の中で、一緒に固まりかけてる髪へと手を伸ばす。

そっと、傷にかかった髪を持ち上げて、そのまま髪を梳くように後方に流す。

緋咲サンは何か言いたそうにしてたけど、黙ってオレの指の行方を追っていた。




あ、やばい。

手が勝手に。

この人の髪に触れるなんて、どういう訳だ。

いったい何がしたいんだ。

そして、それだけに留まらず、さらにオレの手は勝手に。

吸い寄せられるように、緋咲サンの唇に。



二人して、そんなオレの指へと視線を送る。

緋咲サンは『何だ?』と訝しげに。

オレは『何してんだ』と勝手に動く自分の手にあ然として。




やばい、と思いながらも。

何かに乗り移られたかのように、体の動きは止まらない。

自分でも信じられないくらいに、強引で、そしてまるで躊躇い無く。

オレは顔を近づけて、自分の唇を緋咲サンのそれに重ねる。

そして勢いのまま舌を侵入させる。



…ああ、血の味だ。この人からは血の味がする。

口の中、切れたから。ゆすいでたのかな。

頭の片隅でチラリと思う。



驚いて、オレを見返す緋咲サン。

当然だけど。

なんつーコトを。自分でもそう、思ったけど。

意外にも、緋咲サンは身じろぎ一つしない。

むしろどうしてまだ殴られないのか、自分的には不思議なくらいで。

うっかり意識を飛ばされてもおかしく無い様なコトを。

オレの体が勝手にしてた。




「好きなんです」

まだ殴られないついでに。

まだ意識のあるついでに。

言ってみた。



「何言ってんだ…?」

「今日って…大っぴらにコクってイイ日なんスよ」

たぶん、虚を付かれたという状態だろうか。今の緋咲サンの状態は。

まだ、緋咲サンがボンヤリ…というか、ビックリしてる隙に。

そんな隙に。

オレはまた、その唇を塞いだ。

緋咲サンが何か言う前に。




調子に乗った体は、どんどん無遠慮になって行き。

緋咲サンの舌を、自分に取り込むように強く吸う。

…だって、すごく欲しいんだ。

欲しいのに、理由なんて要らないだろ?ただ、欲しくて堪らないから。

何だか暴走してるオレは、全く遠慮する事なく口内を好き勝手に荒らす。

…この人の口ん中全部犯したい。

こんなコトしてしまう自分に自分でクラクラする。

だけど、そんな思考とは裏腹に。

体はどうにも止まらないから。

この人を汚すので夢中だ。





「…イテ」

緋咲サンが、オレの後頭部の髪を掴んで、オレの頭を引き剥がす。

「チョーシ乗り過ぎなんだよ…」

オレが濡らした唇が、暗闇で光る。

その唇は笑みの形をしている。

形の良い眉を顰めて、オレの事をいつもの冷たい目で見返してくる。

いつものこの人の感じが戻って来た。

体の内側をザワザワとしたものが駆け巡り、動けない。

ただ、そんな緋咲サンに視線を縫いとめられて、逸らせない。

逸らしたく、ない。





「もー、日付変わったぜ…?」

意地悪そうに告げるのはいつもの調子の緋咲サンだ。

でも、殴らねえで突っ込んでくるあたり、ちょっと優しいような気がする。

…確かに、もう12時回ったかも。

一応、オレの言う事理解してくれてたみたいで。

バレンタインって勇気を持って告白する日…で良かったよな?

今までンな事考えたことなかったけど。

……さらにオレのアレはどさくさだったけど。

こうなったらもう、関係ねえよ。



日付の変わった今日が、何の日でも構わねェ。



「…好きなんス」

掠れた声を振り絞る。

実際、オレはうっかりあんなコトしてしまう程、この人に惚れてる。

うっかりあんなコトするなんて、命が危ういってのに。

自分でも恐ろしいコトしたな、と思う。

「知らねェよ…?」

だけど緋咲サンは意地悪な笑みを浮かべてオレに背を向ける。


その笑みが好きだけど。

『オレにはオマエの気持ちなんて、どーでもイイし、カンケーねえよ?』ってくらいに意地悪。

オレが緋咲サンのコト好きだろーが何だろーが、それでこの人の何かが変わるコトは無いと思う。

それだけは、確実そうだ。

「別にイイです」

そもそも、自分にこの人をどうこうできるなんて思って無い。

この人にどうこうして欲しいとも思って無い。

たぶん。

緋咲サンに何かを求めてる訳じゃない。

さっきのは、体がうっかりやっちまっただけで。



だからやめて欲しいな。

時折、隙見せたり。

…甘い顔するのは。




どうして、今、オレは殴られもせずにこの場に立っていられるのか。

ちっと甘くねえですか。

殴っとかなくてイイんスか。

そんなんじゃ。

また、うっかりしたコトしちまうかもしれねーし。

そんトキ、この人の機嫌が悪かったら殺されるかもしれねーし…。

それはそれで、オレも可愛そうだと思うんですよね。





ちょっと一人で反省しようかと思ったけど。

「オラ、行くぜ…?」

緋咲サンが促すように視線をくれるので。

オレは反省もそこそこに、緋咲サンと単車の方へ。


ねえ。

何なんスか。

オレ、たぶんまた「ウッカリ」やりますよ。

そん時、半殺しにされるかもしれなくても。

ねえ。教えてくださいよ。

今日はよくて次はダメなんて事、普通にありえそうだけど。

今日みたいな微妙な優しさは何なんスか。

期待しますよ。次もいいかと。

それもやっぱりオレが悪いんスか。

…ねえ、緋咲サン。






どうして、オレの好きなのはこの人なんだろう?

……不幸だ。たまに自分が可愛そうだ。

どうして、好きになった相手が緋咲サンなんだろう?

そもそもそれが不幸だと思う。


自分の不幸を悩んでみたり。

その相手に文句を言ってみたり。

自分の行いに反省をうながしてみたり。



だけど、上手い具合に緋咲サンと合流できた幸運に。

そして殺されなかった幸運に。

昨日と今日は良い日なのではないかと思った。



不幸の中でキラリと輝く幸せを、見落とさないで生きていく。

そんな感じで強く生きると心に決めた。
























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灰二さんへ捧げました土緋でバレンタイン!
(言われないと分からないため大声で言います。バレンタインなの!!笑)
リク内容は「土緋で季節ネタ(冬〜春)。土屋だけ一杯一杯で微エロ」というものでした。
どうも無理やり季節だけ合わせた感がありますね…(笑)
土屋が一人でウジウジグダグダ…そしてウッカリ(笑)何なんだ一体。
でもちょっと幸せ風味です。
微エロがアレだったので、もう一つ書きました。


(2004.8.1)
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