今日のヒロシは朝から機嫌が悪い。
どうやら原因は時貞にあるらしい。
だけど、ヒロシの場合ちょっとしたことですぐキレるし何にキレてっかなんてのはオレはあんまり気にしてな
い。
時貞にキレてんのはいつもの事だし、オレ的にはオマエらいい加減にしろよ、という感じ。
仲良いんだか悪いんだかわかんね―のは仲いいからだろ、と思ってるけど。
オレとヒロシと時貞と。
3人でいると、ヒロシと時貞がガキでまいる。
ありのままの自分を押さえようとしないのですぐにケンカになるし。
ヒロシはヒロシですぐにキレるし、時貞は時貞でガキみてーな事ばっかりするし。
時貞ににちょっかい出されてキレてるヒロシ…っていうのはある意味日常風景だ。
むしろ無い方が落ち着かない。


『天羽だよ、あのギターの…』
『ああ…あのバンドの…』
『ギターのあいつの腕を折ってやればって…』
ヒロシについて時貞を探しにやってきたライブハウスの裏手。
パンクなファッションに身を包んで、バンドをやっていると思われる男達数人がたむろしていた。
そいつらの、切れ切れに聞こえてくる会話の中に時貞の名前があった。
「オイ、天羽がどうしたって?」
ヒロシがそいつらの一人の胸倉を捕まえて問い詰める。
「なっ、何だよ!テメー!」
いきなりの事にヒロシに締め上げられた男は動転する。
「そのバカの話、オレにも聞かせてくんねーか、兄ちゃん…?」
ヒロシが、口調だけ優しげに顔を近づけて問いかける。
「あん?誰だって……っ、ぐあっ!!」
しらを切ろうとしたした男に容赦なくヒロシの頭突きが入る。
「なっ、何すんだよ!」
「いきなり何だっ、テメーらっ」
「お前ら誰だよ?!」
残りの男達が口々にヒロシを罵る。
「大人しく、コイツの聞くことに答えたほうが身のためだぜ?」
オレは事実を告げる。
「…じゃねーと地獄見る羽目になんぜ?」
オレ達に向かって来た男達を観察しながら、ヒロシをちらりと見る。
顔が凶悪に歪んでその拳が膨れ上がる。
……あんまやりすぎんなよ?
オメーは加減ってモンをしらねえからなァ…ちゃんと口聞ける程度にしとけヨ…?
オレは、この後の展開を考える。
とりあえず、こいつらをぶちのめす。
そんで、時貞の事を聞きだすのはその後でいい。
だからまあ、口が聞けるくらいでおいといてやらねーと。
ヒロシはそんな事考えてるかはわかんねーけど、もうおっぱじめていた。
先ほど頭突きを食らわした男を残りの男達に向けて放り投げる。
オレも向かって来た男の頭を掴み、拳を打ち込み吹っ飛ばした。


一方的な喧嘩は、スグにかたがつく。
全員を地面に沈め、立っているのはオレとヒロシの2人だけ。
ヒロシは、殴られて地面に寝ているヤツの中で、
まだ一番元気そうなヤツの胸倉を掴んで強制的に立たせる。
「…で、天羽がどうしたって?」
「うう……」
「答えられねーのか?じゃー死んじまうか?」
髪を掴まれて恐怖に慄いたソイツは慌てる。
「まっ待ってくれ…!!」
オレはタバコに火をつけて男を締め上げるヒロシの様子を見守る。
先ほどの会話に不穏な内容が含まれていた事を思い出す。
腕折るとか言ってたっけ……?
「おう、全部話せよ?じゃねーと、コイツ何すっかわかんねーゾ?」
その方がテメーのためだぜ。
オレは恐怖に引きつった男の顔を覗き込み、ヒロシを親指で指差して言った。






「あいつはよ、マジで自分勝手だしよ、わけ分かんねーしよ、ホントむかつくべ?
おまけにどこで何してっかわかんねえし、イライラするっちゃねえよ!」
「…そーゆーの心配だって言うんじゃねーのか?」
「ああ…?!」
「素直じゃねんだからよ…」


男達から聞き出した話の内容はあんまり笑って聞いてられるもんではなかった。
アイツらはあのライブハウスでよく活動しているバンドのメンバーだという。
天羽のバンド、龍神は最近この界隈では人気が著しく上がっていた。
龍神のライブがあると分かれば客が集まるし、
龍神が来るとなると急遽ステージは龍神に明け渡される事もあった。
それに面白くない思いをしていたのが古参のバンドである。
今までトップの位置にいたバンドはなお更である。
『アイツら、最近チョーシ乗ってんじゃねえか?』
今までトップだったバンド、LISKリスクのメンバーは思っていた。
『ちょっと思い知らせてやんねーといけねーんじゃねえ?』
『ああ、生意気なヤツらみてーだしな…』
『看板はあのギターの天羽ってやつだろ?アイツをボコにしてやりゃいいんじゃねえか?』
『しばらくギターひけねえようにしてやろうか』
そんな話をしているのをオレ達に殴られた男達は聞いたのだそうだ。
「…オ、オレらは別にカンケーねえよ?!」
話を聞いてさらに凶悪な顔になったヒロシにビビッて言う。
「オレらー…龍神の音、もっと聞きてえと思ってるもんヨ…
だけどあのリスクのメンバーって危ねえやつ多いし……族とも繋がってるとかって話だしよ…
触らぬ神に祟りナシ、だぜ…」
「フン、どこの世界にもくだんねーヤツはいるな。結局気に入らなかったら喧嘩かよ」
いや、今回の場合はもっと陰湿だけどな。
「で、時貞はどこ行ったんだよ?」
オレはタバコの煙を吐き出しながら聞いた。
「……アイツらは○×埠頭の倉庫に呼び出すとか言ってたけどよ……」


なんだかんだ言っても時貞の事をほっとけないヒロシだ。
ヒロシはオレの言葉を聞いてるのかいないのか、時貞を罵り続けている。
だけど、その体はもう愛車、ZUの元に向かってる。
結局、助けに行くんだろ。オレは苦笑する。
「オウ、キヨシ、その倉庫ってドコだっけ?っとにしゃーねえなぁ…アイツ」
しゃーねえのはオマエだ、ホント。素直じゃねえヤツ。
ホントは心配なクセに。
オレ達は時貞を探しに、件の埠頭の倉庫を目指した。
思い切り単車を飛ばして。









「時貞!!」
オレとヒロシは閉ざされていた扉を力任せに開け放つ。
「たく、どこにいんのか探すのに苦労したぜ!
憎まれてんなぁ〜〜なんかしらねーけどよ!まあ、憎らしい気持は分かるけどよ?」
とりあえず、ヒロシは時貞に対する罵倒は忘れない。
オレ達は件の倉庫に乗り込んだ。
「…なっ…ダレだ?オメーらは…」
時貞の髪を掴んで何やら話しかけていた男が振り返る。
「ムカつくもんよ、オメーは。あんま敵作ってんじゃねえよ!弱えーんだからよ!!」
ヒロシはそこにいたヤツらの反応を全く無視して時貞の方に向かう。
時貞はすでにズタボロだった。
よってたかって殴られたのであろう、あちこちから血を流してぐったりしていた。
「……」
意識も朦朧としているようだ。
「テメー、おいっ!どーゆうつもりだよ…」
「なんで、ココに…っ!!」
いきなりの事に一瞬反応できなかった他のLISKのメンバーががなりたてる。
いきなりの乱入者の出現に焦っているのが伝わってくる。
ヒロシはそんな男達を全く無視してズンズンと時貞のところにたどり着く。
「その汚ねぇ手を離しな」
「……ぐっはっ!!」
時貞の腕を押さえていた奴が吹っ飛ぶ。
ヒロシの拳をまともに食らったのだ。


なんだ?!コイツら!!
LISKのメンバーはリンチの真っ最中に突然乱入してきたオレ達にパニックを起こしていた。
「誰なんだおまえら!」
「お、オレらに手出したら…どーなっても知らっ…」
確か、バックにどっかの族がついてるとかいう話だったけか。
しかしどうせたいした事ねーだろうし、むしろ何が出てきやがっても上等だぜ?
それにこいつら、オレ達の事を知らねーとなるとホントたいした事ねーやつらなのだろう。
オレ達、3人そろって無敵の風神・雷神・龍神……だぜ?
オレ達の事は知らないみたいだけど、
明らかに堅気でないこの姿と仲間が一人軽々と吹っ飛ばされた腕力とを目のあたりにし、
焦らずにはいられないようだった。
ヒロシはそんな男達を前にして、餌物を前にした肉食獣のように獰猛に、
そして残虐な笑み浮かべて対峙していた。


「オイ、時貞…デージョブか?オメー…」
男達を相手にしているヒロシとは別にオレは時貞のところに駆けつける。
「…ん…キヨシ…?」
時貞がぼんやりと顔を上げる。ちゃんとオレって事は分かるらしい。
「ああ。腕は?動くか?」
「……っ…ああ、何とか…」
間に合ったみたいだ。
痛みに顔を顰めてはいるが、まだ「しばらくギターが弾けない体」にされてはなかったようだ。
オレはホッ息を吐いた。
「何でここに?」
時貞が疑問を口にする。
「…ああ、アイツがオマエがどこだってうるせーからよ…?」
男達をぶん殴っているヒロシを顎でしゃくって、オレは笑って言ってやった。
「ヒロシ…」
キョトンとしてオレを見て、さらに暴れているヒロシの方に目をやって、時貞は笑った。
嬉しそうだった。











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(2006/12/13)

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